鬱な私の日日日記

鬱病。三度の結婚。ほんとの幸せって何だろう。認知症の母のことを含めて前夫との関わり、複雑な関係性の中で生きてます。一人で外出できない私の日常をつらつらと綴りたいと思います。

私、不良少女でした。今、鬱です。

 

 

少女 (双葉文庫)

少女 (双葉文庫)

 

 

 

人が死ぬのを見てみたかった。

 

親友の自殺を目撃したことがあるという天王星の告白を、ある種の自慢のように感じた由紀は、自分なら死体ではなく、人が死ぬ瞬間を見てみたいと思った。自殺を考えたことのある敦子は、死体を見たら、死を悟ることができ、強い自分になれるのではないかと考える。ふたりとも相手には告げずに、それぞれ老人ホームと小児科病棟へボランティアに行く

死の瞬間に立ち合うために、高校2年の少女たちの衝撃的な夏休みを描く長編ミステリー。

 

 

 

読了。★★★

 

 

私が高校2年の時ってどんなだっけ?

 

 

担任が嫌いでまず、まともに登校してなかったですね。 

 

 

朝、普通に家を出て、姉妹だけで生活していた友達の家で遊んでました。

 

 

この時初めて喫煙したんですよ。

 

すぐにやめましたけど。

 

 

とにかく学校が面白くなかった。

 

 

誰も呼べない自分たちだけの文化祭なんて、おもしろくもなんともなかった。

 

 

担任は理論理屈で説教してくるし、馴れ馴れしく肩に手を置いて呼び止めようとする。

 

 

それを振り払う為に、その担任を階段から突き落とした。

 

 

他の先生に殴られそうになったので、逆襲したつもりが、当たり損ねで防火扉を殴り右手小指骨折。

 

 

バカみたいに荒れてました。

 

 

 

禁止されていた原付にも乗っていたし。

 

 

走っているところを体育の教師に見つかり、卒業まで免許取り上げられていました。

 

 

不携帯で乗ってたけど、警察には停められたことなかったな。

 

当時は暴走族が盛んで関西では神風連合が有名だったかな。

 

 

レディースもあって走り回っていました。

 

 

 

当然保護者呼び出し。

 

 

この時は母が学校に来たのを覚えてます。

 

校長にこっぴどく怒られました。

 

 

もともと校区でトップ目指すんだーって新設された高校だったので、教師は有名大学出身者揃え。

 

 

校長は東大出で、他、京大、阪大、慶応、早稲田とサラブレッド。(笑)

 

でも生徒のほとんどはやんちゃばかりでした。

 

 

母は後々、母の再婚相手のDV夫に嫌味でも言われていたんだろうと思います。

 

 

 

普段、母は私のことなど関心なかったくせに烈火の如く怒り狂ってました。

 

 

そんな大それたことしてても停学にもならずに3年に進級できたんですよね。

 

 

当時、生指だったこわーい先生が常に関わってくれてて愛情たっぷりで見放さずにいてくれたお陰と、部活を積極的にやってたからかなぁ。

 

 

 

今は母校も廃校になってしまいました。

当時掲げていた目標から遠く離れ、入学者数が激減したんでしょうね。

 

 

 

自慢話になりますが、勉強面だけで言うと、こんな私のような駄馬からでも、子供たち3人はトップの学校に入学できたサラブレッドです。

 

 

これ、高校時代を知る友人(今は私がこんなんなので、お付き合いはありませんが)からよくからかわれたものです。

 

 

子供たちからもよくからかわれました。

「親、不良やったのに子供真面目。」

 

 

 

 

 

 

高校2年の時を振り返ってみました。

 

 

 

 


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