鬱な私の日日日記

鬱病。三度の結婚。ほんとの幸せって何だろう。認知症の母のことを含めて複雑な関係性の中で生きてます。一人で外出できない私の日常をつらつらと綴りたいと思います。

女の子だった時期

本日は主人がお休みなのですが、寝たり起きたり。

 

 

昨夜長男を迎えに行って、眠ったのが日付が変わってからだったので眠い眠い。

 

 

14時頃に近くにできた“ずんどう屋”と言うラーメン屋さんに行って来ました。

 

 

当店人気No.1と言う味玉ラーメンを背油少なめ、麺は細麺でオーダー。

 

 


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けっこうこってりしてました。

 

 

リピートはないかな。残念。

 

 

五味八珍のラーメンの方が美味しい。

 


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昨日の続きのようになりますが、私の次男は幼少期から小学生低学年まで、女の子の服装を好みました。

 

お姉ちゃん(娘)のお姫様変身セットのカールした髪の毛をつけたり、キティちゃんのピン止めをつけたがったり、髪を伸ばしてゴムでくくったり。

 

 

今でもあるのかな、子供服のブランド、メゾピアノやエンジェルブルーのお下がりを着たがったり。

 

 

当時は“この子は男の子として生まれてきたけど女の子なのかも?”と思ったのです。

 

 

過去にMのことがあったので、私はそれなら女の子として育てていこうと思ったのです。

葛藤があったのは事実です。

義父母の目や世間の目。

全く平気だったと言うと嘘になります。

 

 

でも、私だけでも理解者になろうと。

 

 

性格もおっとりしていて兄(長男)がウルトラマンのビニール性のフギュアで戦いごっこをしていても興味を示さずニコニコ笑って甘えていました。

 

 

なので、本人がスカートをはきたい、女の子の髪型にしたいと言えばその通りにしました。

 

 

当時は警察の宿舎に住んでいたのですが、夏になるとプールを出して皆で遊んでいたのですが、水着もパンツタイプではなく、女の子が着るようなワンピースタイプ。

 

 

お弁当も女の子バージョン。

 

 

ところが、高学年になった途端、完全に男子になりました。

 

 

今では長男より男!って感じです。

あの時期はなんだったのだろうと不思議でなりません。

 

 

ただ、私の覚悟は確かだった。

 

 

今でもアクセサリーは好きで、プライベートでは男性用をつけています。

 

 

職業が警察官なので仕事ではつけられないので。

 

 

本人に当時の話をすると「そんな時もあったなぁ。」

 

 

写真を見返してもほとんど女の子です。

 

 

 

“君”と呼ばれるのを嫌い“ちゃん”で呼んでいました。

 

 

なので今でも○○ちゃんと呼んでいます。

嫌がりません。

 

 

どこでどんな変化があるのかわからない。

とにかく本人の意思を尊重してあげたいと思った出来事でした。

 

 


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