鬱な私の日日日記

鬱病。三度の結婚。ほんとの幸せって何だろう。認知症の母のことを含めて前夫との関わり、複雑な関係性の中で生きてます。一人で外出できない私の日常をつらつらと綴りたいと思います。

母の日なんだぁ

母の日。なんですね。

すっかり頭からすっ飛んでました。

 

 

施設に入所の母には何もしていません。

 

今までは母の日も誕生日もアナスイの綺麗な赤のルージュをプレゼントしてました。

 

 

年を重ねても赤が似合う母でした。

 

 

レビー小体型認知症になってから、全てが億劫で、今ではお化粧は嫌がってしていません。

 

 

母がお化粧をしなくなるなんて、昔は考えられなかった。

 

 

誕生日にはビタミンカラーの花をプレゼントしています。

少しでも元気にいてくれたら…。の願いを込めて。

 

 

母に対しての感情は幼い頃から今まで大きく変動しています。(過去記事記載)

 

 

一時絶縁したこともあります。

 

 

母から離れたことがなかった私が家を出て、母の病を知るまでの間も母とは関わりたくない思いが大きく心を占めていました。

 

 

主人の「何があっても親子。」の言葉に反発したこともあります。

 

 

けれど鬼にはなれなかった。

 

一人っ子で、母は私が(正確には主人)いなければ今頃命はなかったものと思われます。

 

 

今は母が不憫で心配で時に胸が締め付けられます。

 

 

どんな形でも良いから生きていてほしい。

 

 

プレゼントはしていないけど、面会禁止の中、思いは馳せたいと思います。

義母にも。

 

 

娘が私におもしろ画像に「お母さん大好き」のメッセージを添えて送ってくれました。

 

 

 

長男は文庫をプレゼントしてくれました。

 

 

次男からはなし。(笑)

以前、香水もらった記憶はあります。(笑)

 

 

 

私も3人の子供の母なんだ。

長男と次男は年子で育児は誰にも頼ることができず(母は喫茶店経営で忙しく義父母も遠く離れていたので)、結構大変だったなぁ。

 

 

でも愛おしくて、その気持ちは今も変わらない。

 

 

母がとんでもない母だったので、私は絶対にそんな母親にはなるもんかと必死でしたね。

 

 

 

鬱病と診断されて、時に子どもたちに支えられて生きてる感も大いにあるけど、成長した子供にとっては母は母。

 

 

無理せず何かのときには主人の助けを借りながら、母として愛を持っていたいと思います。

 

 

 

 

 


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