鬱な私の日日日記

鬱病から躁鬱。三度の結婚。ほんとの幸せって何だろう。認知症の母のことを含めて前夫との関わり、複雑な関係性の中で生きてます。一人で外出できない私の日常をつらつらと綴りたいと思います。

父からの報告

 

 

 

 

 

主人が帰ってきたら、一日あったことを話す毎日。

 

 

 

と言っても私は引きこもりで、していることと言えば寝ているだけなので、話すことと言ってもほぼほぼ無い。(笑)

 

 

 

昨日は先日、友達に送った喪中御見舞のお返しを頂いた。

 

 

メールにて御礼の連絡。

 

 

 

母の入院費の支払い(コンビニ)これは主人について行ってもらった。

預けたお小遣い費からアイスクリームやプリンを購入して食べさせてもらってるみたいだけど、あまり食べていないと昨日聞いた。

 

 

 

今朝も主人に起こしてもらい共に朝食。

 

 

 

父からメールがあり、12日早朝に姉である私の伯母が亡くなった、14日お通夜、15日告別式を近親者で執り行ったと。

93歳。

 

 

 

子宮がんも患っていたけれど老衰によるもの。

 

 

 

伯母は晩年、転倒は多かったものの頭はしっかりしていて、元気なときには実家の前を通り母を訪ねてくれていた。

 

 

 

母が施設に入所し、近所の仲良しの人たちが相次いで亡くなり、寂しいと漏らしていた。

 

 

最後は娘である私の従姉が勤務する介護施設に入所し、間もなく入院。

 

 

延命治療していたものの終を迎えた。

 

 

 

父は遠い枚方から堺市(私の実家すぐ近所)の伯母の家に数十年通ったと振り返る。

 

 

 

大往生とは言うものの、家族にとっての悲しみはいかばかりか。

 

 

 

父はメールの最後に「報告となってしまってごめん。mashan。」と。

常に伯母のことは聞いていて心配していたことを父は知っていたので報告になってしまったことを言ってるのだろうと思う。

高齢だとは言え、父もショックだろう。

 

 

音信不通の従姉の兄は来たのだろうか。

 

 

 

父母の離婚間もなくは、伯母と母の間には確執があったものと思われる。

 

 

しかし年齢を重ねるごとに仲良くなり、伯母が手を骨折したときには母が食事を作って届けていたりした。

 

 

 

母の元気な時だ。

 

 

 

その母も今では認知症パーキンソン病になり、食べることも忘れてしまっている。

 

 

 

伯母のご冥福をお祈りする。

 

 

 


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曇り時々晴れ、12℃予報。

カーテンを開けることができました。

 

 

 

念入り掃除ができた。

 

 

 

鬱な私の日記でした。

 

 

 

 


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